オールを取り戻すまでの話5

毎週日曜日は

オールを取り戻すまでの話を

書いています。

これまでの話はこちらから

オールを取り戻すまでの話1

オールを取り戻すまでの話2

オールを取り戻すまでの話3

オールを取り戻すまでの話4

皆さんは

人生脚本という言葉、

ご存知でしょうか?

人生脚本とは

米の心理学者エリックバーンが

提唱した理論です。

人は幼い頃、無意識のうちに

自分の未来の生き方の脚本を書く

というものです。

幼い頃、とは

何歳くらいの時期をさすのか?

7歳くらいと言われていますが、

遅くとも10歳

小学校4年生の頃までには

私はこんな人生を歩く

と、無意識に決めてしまっている

というものです。

では、自分の書いた人生脚本。

その脚本の基盤はどこにあるのか?

予想できましたか?

そうなんです。

幼児期の頃までに

両親から与えられた、諸の

メッセージ

大きな鍵

になっていることが多いんです。

私の話に戻ります。

生まれてすぐに他人に預けられて

私は邪魔者、と感じ

母親も弟も助けられず

私は無力、と感じていた私。

でも、それらは全て

私の意識には上がってきません。

私の親は二人共、中学校の教師でした。

母は私が小学校1年生の頃に

専業主婦になりました。

父親は当時、

学年主任で風紀指導者だった様で

学生たちから

随分、怖がられていた様ですが

面倒見が良かったらしく

怖がられながらも人気もあった様です。

サッカー部の顧問で

1年中、学校に居たような人でした。

お酒が大好きで

1年365日、飲まない日は

1日たりとも、ありませんでした。

行きつけのバーで飲んで酔っ払い、

ぐっだぐっだになって帰って来る。

そんな事がよくあった様です。

終電で帰ってくると家に着くのが

だいたい、深夜12時半頃。

私と弟は既にお布団の中です。

弟は小さいのでぐっすり寝ています。

でも私には予想がついていて

父親が酔って帰って来たら

何が起きるかを知っていました。

ぐっだぐだに酔った父は

家に入って一度座り込むと

当分の間、その場から動けません。

母親はそんな父親に叫び続けます。

なんでそんなになるまで飲むの?

早くお風呂に入って寝てよ

そこでぐだぐだしてるなら早く寝てよ

キー!キー!キー!キー!

叫び続けます。

私は隣の部屋でお布団を被って

キーキー声を聞かされ続けました。

私が起きていた事、

母は知らなかったと思います。

というか子供に聞かれるとか

そんな冷静な意識を持てる状態では

なかったと思います。

酔っぱらった父親を目の当たりにすると

何かスィッチが入ったかの様でした。

酔っぱらっている父親は、それでも

なんとかお風呂に入ります。

お風呂に入らずには寝てはいけない

とでも思っているようでした。

やっと入ったお風呂場では

湯船の中で居眠りが始まります。

母親は、寝ずに監視していてので

風呂場からの音がしなくなると

寝てないで早く洗って出てよ

早く出て、布団でねてください

キー!キー!キー!

が続きます。

それでも父親はお風呂に入り続け

やっと湯船から出たと思えば

次はお湯を浴び始めます。

バシャ〜ン、バシャ〜ン

バシャ〜ン、バシャ〜ン

と、お湯を浴び続けます。

またまた母親が叫びます。

お湯ばっかり浴びてんと、早く出なさい

私が寝られへんやないの

キー!キー!キー!

キー!キー!キー!

これら全てが終わり

父親がやっと布団に入るまで

母親はずっと父親を監視し続けます。

なぜか?

当時父親はかなりのヘビースモーカー。

煙草に火をつけまま居眠りをすることも。

父親が布団に入って寝てしまったのを

母親自身がちゃんと見届けないと

安心して眠れなかったのだと思います。

私もずっと眠れませんでした。

でも母親とは理由が違います。

怖かったのです。

当時の私は、

何が怖いかはっきりわかりません。

でも、今ならわかります。

母親が父親を殺してしまうのではないか。

父親が母親を殺してしまうのではないか。

そんな恐怖を覚えるほど

母親のキンキン声も

父親の無言の抵抗も

怒りと虚しさに溢れかえっていました。

どちらかがどちらかを許せずに

何かが起きるのではないかと

幼い私は心配で仕方がありませんでした。

ぐっだぐだになってしまうまで

お酒を飲み続けてしまう父親

その父親をキー!キー!と

責め続けてしまう母親。

しかし、一夜明けて次の日の朝。

二人は何事も無かったかの様に

普通にご飯を食べて

日常が過ぎていました。

幼い私は不思議で仕方ありませんでした。

酔っ払いでまともに相手にならない父親に、

ではなく

酔っぱらっていない素面の父親に、

なぜ、母親はちゃんと話をしないのだろう?

父親父親でなぜそこまで酔っ払い、

ぐっだぐだになるまで飲むのか?

夫婦としての普段からの

コミュニケーション。

二人は上手く取れていなかったんだと

思います。

父親も母親も、互いに

話をしても解り会えなかったのか

はじめから諦めていたのか

それとも他に何か理由があったのか?

何が起こっていたのか

知る由もありませんが

二人の間のコミュニケーションが

上手くいかないパターンに陥っていた

という事は、事実のようでした。

両親による不毛な、深夜のやり取りは

私が小学校4年生の頃まで

続いていた様です。

後、わかることですが

私は私自身の人生脚本を

こんなふうに設定しました。

私は結婚しない。

子供を産まない。

両親を見ていて

結婚は楽しそうではありませんでした。

そして、

私と同じような嫌な思いをする子供は

私だけで十分。

増やしてはいけない。

とも、思っていたようです。

丁度4年生の頃に引っ越しをしました。

住んでいた古い家を建て替える事になり

新しい家が建つまでの間、

借家のアパートに住む事になりました。

周りは田んぼばかり。

新しい環境で戸惑ったことを覚えています。

当時の私。10歳。

奥に見えるのは、きっと弟(笑)

人生脚本を書いた事も知らずに

真っ黒に焼けて、元気に過ごしていました。

当時の父親。37歳。

父親はこの後、

50歳の頃に食道癌を患いました。

原因は煙草と酒、と言われていますが

私は

言いたいことを全く言わず、

全て飲み込んでしまう。

という、父親の生き方そのものが

大きな原因だったのではないかと

思っています。

長い間、

私の人生は母親の影響が大きい

と思っていたのですが

実は父親の影響の方が

とてつもなく大きかった事が

わかっていきます。

そんな話しの続きは

また次週にでも。。。