ひとの異彩紡ぎ

受験のさなかだった。

四畳半の部屋で友人に推薦された「龍馬がゆく」を読み込んでいた。

単行本で受験勉強そっちのけだった。

司馬史観といわれる歴史観、人物観は読み手をぐいぐい引き込んでいく。

史学的には?ということがあれ司馬の画く舞台に登場する人間たちは

魅力に満ちていた。

血気盛んな歳頃には、司馬の世界の人物と付き合っているような

錯覚があった。イメージの幕末は取り逃しの効かない緊迫感で

四畳半は志士たちの士気で満ちていた。

龍馬がゆく。青春は勝手な読み方をするものである。

吉田松陰高杉晋作の世に棲む日々」大村益次郎の「花神」はその時分の

愛読書であった。

「松蔭先生!」密航を企て失敗し自ら罪を背負い、牢獄のなかですら

自らの思想を教授しつづける。その熱意に皆「先生」と慕う。

なんて人なんだ、とその頃のぼくは目頭が熱くなった。

青春は短絡的でもあり感傷的でもある。

磯田さんによれば龍馬の史実は不明確さはない古文書を読み込んでいくとき

龍馬という人間の破天荒さと精密さ、ある意味ずる賢さが、この時代を

動かすことになったが、「自ら歩いて収集する」ことに危うさを軽視した

ことで死を迎えた、その死は不明確ではないと古文書から推測している(「龍馬史」)。

史実に忠実であればいいのか、悪いのかではなく、小説として

人間と人間のあいだをいかに表現していくかである。

龍馬は小説になりやすい、とは司馬遼太郎の功績でもある。

司馬が画いた龍馬像が原型になったことは否めないだろう。

(ちなみに、知人が龍馬の子孫に会わせてくれたときがある。男性であり

180センチを超える大柄で龍馬によく似た男だった。

よく笑い、都内を闊歩して夢を話してくれた。

海外で学校というか、海外の子ども達が学べる環境をつくることを

夢見て海外に出かけていった。龍馬に似た子どものような眼差しがあった。)

人間が人間を好く。男が男に惚れる。

現代ではない、なんだろうと司馬の小説のなかの人間達の葛藤や困惑や

活気からの生き急ぐようなふるまいを傍観しながらも、そのとき自分なら

どうしただろうと、しばし読む目を止めて考えつづけた。

この歳になれば、いろんな人に会ってきている。

自分から会おうとして人や、先方からとさまざまだった。

そのなかには帰幽した方もいるし、世間のもめ事で消えて方もいる。

松岡正剛の主催した連塾では、日本を代表する政治、経済、情報、文芸、芸能の

方たちとも縁を頂いた。

そのなかでも周囲に異彩を放つひとがいた。急死された女優さんで

資生堂のモデルや海外のファションショーもされていた女性であった。

ふいに、目があったときに笑顔を返してくれたが、その艶やかさと

粛然とした姿に息を呑んだ。

一瞬でなにかが尽きないままで立ちすくんだ。

言葉にはならない合点がそこにあるのに、どうにもならない。

世に出る方はこのようなものかと。

人間と人間がどのようなカタチであれ交差するとき、

既知を越えた何かを残せるか。

「色っぽい人々」はまさに艶のある交わしであったことを思い出し

棚から取り出してみる。

ひとは、ひとに応じて色がかわり、艶も張りもかわる。

50才の半ば過ぎて白髪になり枯死することなく生きることを

考えなくてはならない。

広告を非表示にする